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山情報共有サイトのヤマレコ

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2015年10月

2015年10月31日 (土)

今年も始まった、今日はハセツネカップの日

今日、10月31日(土)から翌日まで、ハセツネカップが開催されている。

午後1時に麓の中学校グランドをスタート。東京都、奥多摩の1000mを越える山々を走り、歩いて71.5kmを24時間以内に踏破する過酷な山岳レース。出場したのは第17回、あれからもう6年も経ったのだなあ。

レースは多くのボランティアや山岳警備隊に見守られているので、安心して夜を徹した山歩き、「カモシカ山行」が楽しめる。私も、この「カモシカ山行」が出来るとワクワクしながら参加したものである。とはいえ、夜明け以降に歩いた「第三関門」以降は足が痛くてかなりつらくもあったが、何とか制限時間にぎりぎりの「閉店間際」に滑り込むことが出来た。踏破したときの充実感は半端なく感動的であった。

良き思い出である。

大会中は「速報」がネット上でアップされるが、どのくらいの人たちが何時頃に関門を通過したかが、いつも気になる。速報の関門通過者のゼッケンの千番台は年齢を示している。5000番台以上の人たちには頑張って欲しいな。

2015年10月27日 (火)

簡単じゃないさ

10月25日、大事な一戦、対AC長野パルセイロ。

この日は維新百年記念公園全体が県のイベント「きらスポ2015」、19時からの試合もそのひとつとして開催された。

陸上競技場は午前から高校陸上が行われていて15時30分から設営に与えられた猶予はほんの1時間。大変だろうと思っていたが、多くのボランティア参加により1時間かからずに終了。良かった良かった。

腹ごしらえにスタグルへ行き、そこで隣になった年配の長野サポさんと少しお話をする。車で来たとのこと。泊まるのか聞いたら試合後京都の親戚まで行くとのこと。大変そうだけど、気合い入ってるなあ。「よろしくお願いします」なんて曖昧な挨拶もそこそこに、いつもの正面ゲートへ。今日も一般入場の列は長く、すっかり定着した風景になってきている。

久々のホームゲームに今日は気合が入っている。腹の底から声を出して行くつもりで。練習で選手入場からヒートアップ。アウェイ側は少人数ながら精鋭部隊が調和のとれた見事な応援を見せてくれる。負けられんぞ。

練習が終わってキックオフ前にもう恒例になった地元シンガーソングライターMIKKOさんが歌う「スタートライン」がかかる。気分は盛り上がって行く。

そして、キックオフ。

長野は前がかりのプレスをかけて来る。いつものようにゴール前からのビルドアップをさせてくれない。そこで長いボールを飛ばして攻め込み、良くチャンスを作り出している。上手く対応出来てるなあ。でも、肝心なところでパスが逸れる場面がちらほら。その長く出そうとする一森選手からのフィードを長野の選手が大きくヘッドで返してそこから技ありのループシュートがゴールへ。

うーん。先制されるのはきついなあ。

しかし、前半最後あたりで福満選手の狙い澄ましたミドルが炸裂!で、とっても嬉しい同点。いやあ、キレがいいなあ、ここのところの福満選手。

同点のまま、後半へ。鋭い攻めを繰り返すレノファは惜しいシュートシーンが何度もあったが、決めきれず、その後のワンチャンスを長野がものにしてゴールしてしまった。そんなもんだよね。今回もAT4分だったけど、何も起こらず、結局このまま終了。

選手達がゆっくりとゴール裏に向かって歩いて来る。我々は「レノファ山口」コールで迎える。

悔しい、とっても悔しい。でも、レノファはしっかりチャレンジしてたと思う。相手の出方に対して流動性が増して来たと思う。さあ、前を向こうよ。次じゃ次!

挨拶が終わった選手達を「俺たちと共にJ2へ行こう」コールで彼らの姿が見えなくなるまで送り出す。いつもの光景、悔しくも、悲しくも、大好きな光景。悔しさ一杯の選手達をコールで鼓舞するのだ。きっと次に繋がる。また、良いサッカーをして欲しい。ただ、それだけ。

簡単じゃないさ。でも、面白いじゃないか。J3のレベル、捨てたもんじゃないよ。この痺れるようなゲームの日々を楽しめる幸せを噛み締めよう。山口には、レノファがある。その素敵なサッカーがみんなを魅了してこの田舎が大いに盛り上がる。







また、次週、素敵な時間が訪れる。11.03、熱く後押ししよう!
追伸:
列車でGO!レノファでは、県庁駐車場(休日無料開放)からバスで維新スタジアムをご案内中。11月3日、藤枝戦にGO!

2015年10月18日 (日)

そういえば昔は公共交通が主役

今、レノファのホームゲームが行われる山口市の維新百年記念公園は、デーゲームだと、駐車場に限りがあるので、公共交通を利用した方が良い、と思って、列車やバスを利用して行く方法を提案している。

そのため、以前紹介したように、列車やバスの時刻表をHPにアップしているのだけど、時刻表を見ながら、ふと自分の幼い頃のことを想い出した。昔は車を持っている人が少なくて、公共交通機関が主役だったなと。

私が小学生の頃、もう50年近く前は家に車などなく、遠くへ出かける時は列車やバスが頼りだった。

年末などには父の赴任先であった玖珂郡本郷村(今では岩国市)から、父の故郷である阿武郡阿東町(今では山口市)に、親と一緒に帰省していた。

結構な長旅なのであるが、こんな感じだったと思う、、、

朝、本郷村をバスで出発、途中、河山鉱山のトロッコ(ケーブルカー?)が山腹を行き来して鉄鉱石(だったと思う)を運んで上下している風景を眺めつつ、美川町河山(今では岩国市)に出る。ここから国鉄岩日線(今では錦川清流鉄道)に乗って、山と川の景色を眺めながら岩国駅に出る。

岩国駅からは山陽本線、瀬戸内の海岸風景や周南コンビナートの工場群を見つつ、小郡駅(今では新山口駅)に着く。

ここからは山口線。蒸気機関車(D51)が牽引する客車に乗ってゴトゴトと、途中の峠越えのトンネルでは、開けている窓から機関車の煙が侵入するので慌てて窓を閉めたりする。単線の駅では列車交換があり、運転手がタブレットという輪っかを駅員さんに受け渡す。その頃の各駅には駅員さんが居てキップを売ったり、主要駅のホームでは駅弁売りが駅弁を売ったりしていた。

ようやくたどり着いた徳佐駅では跨線橋を渡るときに耳を塞いで歩く。蒸気機関車が出発時に足元で汽笛を鳴らすことになり、その大きな音に驚かされないようにするために。

バス待ちをするために駅前の親戚の家で、しばし過ごした後は、バスに揺られて島根県境に聳える「十種ケ峰(とくさがみね)」の麓にある父の故郷にたどり着くのは夕方。

山口県から一歩も出ないのに、随分と時間がかかっていた。今なら車で高速道路を経由して2時間足らずで到着する。子供だったので、随分退屈もしたけど、ワクワクするような旅ではあった。今の自分なら気に入りの本とビールと弁当を持ってゆったりと旅を楽しみたいと思う。今はわざわざ遠くから蒸気機関車を見に来るのだしなあ。

と、いうようなことを思い出しながら、時刻表を追っかけてHPに組み込んでいる今日この頃です。
たまには、列車やバスでのんびりと出かけてみませんか?

2015年10月14日 (水)

11.03は列車やバスで維新に集結

11月3日は列車やバスで維新に集結してオレンジ包囲網を築こう!

列車でGO!レノファでは、山口市周辺のみならず、萩、阿東、そして、島根県の益田からも来れる、キックオフ連動の時刻表を特集設定中。

さあ、オレンジのユニフォームやTシャツを来て、列車やバスで維新へ行こう!

そしてJ2へ行こう!俺達と共に。

2015年10月 7日 (水)

列車で行った下関

下関のホームゲームも3回目。山口から下関へは列車の旅を楽しむ事にしている。

理由その1。気楽だから。運転しなくて良いので疲れない。居眠りしてても、ぼうっと景色を眺めてても、ビール飲んでても良い。

理由その2。駐車場難民にならないため。今回は3000人を超えたけど、途中で駐車場が満杯になったとアナウンスがあった。駐車場を探し回って遠くにとめてバスや歩きになった人もあったと聞く。

列車とバスを乗り継ぐ旅を楽しんで、たどり着いた下関市陸上競技場では、下関のサポーターさんと下関ふく連盟の方々が「ふく鍋」を振舞われていて、美味しくいただいた。

それで競技場に「福が満ちたか」福満隆貴選手が前半だけでハットトリックの大活躍。さらに後半はレノファのパスサッカー連携が炸裂、小塚、岸田両選手が追加点をあげて、ディフェンス陣も奮闘、5-0で快勝した。



帰りは気分良く、快晴の夕景とレノファtweetを楽しみながら列車の旅を満喫した。とても良い1日であった。





これからは、ひとつ、ひとつ、勝利を重ねてJ2への階段を登って欲しい。

「俺達とともにJ2へ行こう」
「レノファに会いに列車で行こう」

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