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2015年10月18日 (日)

そういえば昔は公共交通が主役

今、レノファのホームゲームが行われる山口市の維新百年記念公園は、デーゲームだと、駐車場に限りがあるので、公共交通を利用した方が良い、と思って、列車やバスを利用して行く方法を提案している。

そのため、以前紹介したように、列車やバスの時刻表をHPにアップしているのだけど、時刻表を見ながら、ふと自分の幼い頃のことを想い出した。昔は車を持っている人が少なくて、公共交通機関が主役だったなと。

私が小学生の頃、もう50年近く前は家に車などなく、遠くへ出かける時は列車やバスが頼りだった。

年末などには父の赴任先であった玖珂郡本郷村(今では岩国市)から、父の故郷である阿武郡阿東町(今では山口市)に、親と一緒に帰省していた。

結構な長旅なのであるが、こんな感じだったと思う、、、

朝、本郷村をバスで出発、途中、河山鉱山のトロッコ(ケーブルカー?)が山腹を行き来して鉄鉱石(だったと思う)を運んで上下している風景を眺めつつ、美川町河山(今では岩国市)に出る。ここから国鉄岩日線(今では錦川清流鉄道)に乗って、山と川の景色を眺めながら岩国駅に出る。

岩国駅からは山陽本線、瀬戸内の海岸風景や周南コンビナートの工場群を見つつ、小郡駅(今では新山口駅)に着く。

ここからは山口線。蒸気機関車(D51)が牽引する客車に乗ってゴトゴトと、途中の峠越えのトンネルでは、開けている窓から機関車の煙が侵入するので慌てて窓を閉めたりする。単線の駅では列車交換があり、運転手がタブレットという輪っかを駅員さんに受け渡す。その頃の各駅には駅員さんが居てキップを売ったり、主要駅のホームでは駅弁売りが駅弁を売ったりしていた。

ようやくたどり着いた徳佐駅では跨線橋を渡るときに耳を塞いで歩く。蒸気機関車が出発時に足元で汽笛を鳴らすことになり、その大きな音に驚かされないようにするために。

バス待ちをするために駅前の親戚の家で、しばし過ごした後は、バスに揺られて島根県境に聳える「十種ケ峰(とくさがみね)」の麓にある父の故郷にたどり着くのは夕方。

山口県から一歩も出ないのに、随分と時間がかかっていた。今なら車で高速道路を経由して2時間足らずで到着する。子供だったので、随分退屈もしたけど、ワクワクするような旅ではあった。今の自分なら気に入りの本とビールと弁当を持ってゆったりと旅を楽しみたいと思う。今はわざわざ遠くから蒸気機関車を見に来るのだしなあ。

と、いうようなことを思い出しながら、時刻表を追っかけてHPに組み込んでいる今日この頃です。
たまには、列車やバスでのんびりと出かけてみませんか?

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