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山情報共有サイトのヤマレコ

あれこれ

2017年4月25日 (火)

今日はお江戸から

今日はお江戸でひと仕事。山口宇部空港から空の旅。


仕事終わってから、息子と酒を酌み交わした。
愉快愉快。ホテルへの帰り道、都会のビルの夜景が華やかで、たまなら東京もイイもんだ。


PS.
東京へ向かう飛行機で暇つぶしに、こないだの龍太の絵に色を付けてみた。


龍太、世界へ!Go ON!

2017年4月21日 (金)

この時期の女王蜂は苦労人なのだった

先日、朝起きて細君の部屋を開けて縁側に出てカーテンを開けようとすると、部屋に入るな、という。

中に雀蜂を閉じ込めたから入ってはいけないと。

細君が言うには、朝起きたら、ぶんぶんと羽音がして、見上げると豆球を点灯した蛍光灯の笠の中に入っていたそうな。

そうっと部屋を開けるも、蛍光灯にはいない。と、細君が、「後ろっ!」と言うのでギョっとしつつ振り向くと、壁に止まっていた。

一旦、部屋を閉めて、園芸用のつっかえ棒に針金ハンガーを折り曲げてガムテープで固定してスーパーなどにある、薄いビニール袋をガムテープで針金に沿って貼り付けて急造虫捕り網を製作。

再び部屋に入って壁に止まった蜂を逮捕して打ち殺した(蜂さんスマぬ、、、)。

昨年、我が家の屋根裏に巣を作ったキイロスズメバチ。またか、、、などと思い、巣が出来ていたら駆除しなきゃ、と細君が蜂駆除屋さんに相談したら、驚きの事実が!

4月は未だ越冬した女王蜂しか居なくて、単独で巣を作り、働き蜂を産んで、そこから働き蜂に護られながら、せっせと働き蜂を産み続け、たった1匹の女王蜂候補を働き蜂に育てさせるのだそうな。

働き蜂は全て雌で、卵管が変化してあの怖い毒針になるのだそうな。そして、家族を維持するために蜜蜂などを襲うのだそうな。

女王蜂はお嬢様として至れり尽くせりなのかと思っていたが、苦労人、いや、苦労虫だったのだなあ。でも、巣を作ってもらっては困るのだよ!

だから、先日の女王様の供養のために飛翔する雄姿を描いてみた。女王様、安らかに、、、

2017年4月16日 (日)

もう一つの柱

昨日のレノファ敗戦は悔しかった。だけど、ウジウジしててはいけない。次に向かって走らにゃいけんのだ。

私には家族が居り、その家族はレノファには感心がない。要するに、レノファの調子は自分だけの事情なのだ。家族の感心は私がきっちり仕事をして生活を支えて行くこと。何当たり前のこと言ってるのさ!と突っ込まれそう、、、

ということで、仕事一番(本当は山口一番が大事だけど、、、)な訳で、週はじめに向けてどう前向きになっていくか?私には仕事外の柱としては、レノファの他にもう一つ、壁登り(ボルダリング)というものがある。2011年6月から始めてもう直ぐ6年になる。「石の上にも3年」や「桃栗3年」の倍、「柿8年」に近づこうとしている。家族にとって私が元気に仕事に行くことが大事なのでここで身体鍛えながら元気になるのだ。レノファも元気の源として認められているのは言うまでもない。

ということで、今日はボルダリングジムに出かけた。いつもは、山口市南部のLABOというところがホームジムで、ここで過ごすのだけど、今日は3月に出来たばかりのジムにデビューした。防府市の9A(ナインA)というジム。全国でも有名なクライマーでクライミング課題のセッターとして我がホームジムの他にも全国の壁課題をセットして来られた名人、茂垣さんが立ち上げられたジムである。9Aというのは、クライミングのグレードで「凄く難しいグレード」(常人には絶対無理)を意味する。そんなごっつい名前だけど、快適なジムであった。



ジムの入会申し込みをするときに、以前、茂垣さん主催のオープンコンペに出たことと、twitterの相互フォローにより私が「レノ好ボルダラー」と称していることをご存知で、今年のレノファについて少しお話出来て嬉しかった。クライミングもサッカーもオール山口県でいきましょうゼ(^^)v

クライミングコースは6級から。アップで6級を触ってから、自分的には、ほぼほぼ出来るだろうと思っている5級を触るとこれが手強い。でも、面白い。

そして、4級にチャレンジ。垂直な壁(垂壁)の面白課題、足がかりも手がかりも薄めで、滑落しそうで怖い。垂壁の場合、予定外に滑り落ちると他のホールドにぶつかりそうで怖い。その点は壁が反っていた方が怖くないのだ。だけど、これは体幹を消耗する。

チャレンジしていた壁は最後の二手でバランスを崩して登りきれなかった。疲れると滑落の危険度が増すので、へたったところで未完登のまま終了。

この写真のスタートのところに左右足を置くのと、上の方の左手〜緑のL〜の左下の半月様に左足を置くのをスタンプし忘れゴメン、、、

悔しいが次回の楽しみとしよう。
茂垣さん、楽しかったです、ありがとうございまました。LABOで鍛えてリベンジしに来ますネ!

ということで、スッキリと切り替え完了。明日からまた、仕事、頑張ろう。そして、今日みたいに身体鍛えて維新スタジアムでレノファを楽しむのじゃ!



2017年4月11日 (火)

帰って来た息子を迎える気持ちじゃった

昨日は頭の中が熱うなって、眠れんようになってしもうた。一応、明け方に少し眠ったようじゃが、5時には目覚めてしもうた。これだから歳をとると厄介じゃのう、、、

別にワシは怒っていたわけでは無いんじゃ。むしろ逆じゃ。やっさんが大好き、いや、やっさんだけじゃなく、去って行ったけど、「お城」をここまで築いてきてくれた選手達のことが気になっていたのじゃ。今居る選手達ももちろん大好き、当たり前。じゃが、移籍して活躍しているヤツが帰って来たので「お帰り」といって迎えたかった。まあ、これは、子供が巣立っていったワシ、すなわち爺の論理で勝手に「帰って来た息子を迎える気持ち」じゃったと思うちょるだけじゃが、レノファオレンジな方々はそれぞれの立場でやっさんを送ったんじゃと思う。別れの言葉も言えんかったしのう、、、

じゃから、そこを「突っ込まれた」のは、少し悲しかった。でも、他の見方からすれば良いことじゃないんじゃないか?っていう意見、それには「ハっと」した。確かにそういう方向から考えれば、今の選手達に失礼と言えるんじゃないか?ウンウン、確かに。それもレノファ愛に満ちた意見じゃ、そういう考えも大事じゃのう。だから、もしも、もしもじゃが、これを今の選手が見てくれていたら、このワシみたいな気持ちを汲んで、終了の笛が鳴ったら「ノーサイド」ということで、大目に見て欲しいのじゃ。どうか笑うて許して欲しいんじゃ。

まあ、どうにか、ワシの気持ちを言えたかのう。



ワシ、現実では、上手いこと言えん。ゆっくり考えんと言えんのいね、というか考えて書くしかないのいね。口からじゃ出てこんのいね。

いちおう、気持ちは言えたので、この話はこれで終わり。

また、大人しゅうゴール裏に住まわせてくだされたら幸せます。じゃけど、後押しの声出しだきゃあ、おもいっきし腹の底からやらせてもらいますけえ。で、たまニャア、幕の片付けくらい手伝いますいね。で、そろっと消えて、また次までには身体鍛えて来るけえね。



もうワシも六十が近いけえ、きちんと鍛えちょかんとエラいのいね。そねえエラいんじゃったら行かんニャアええじゃろうって?そりゃあ楽しいけえ行くんじゃあね!

じゃあ、また。


維新の「老野良猫」こと、(RenoBoul)より 皆様へ

2016年11月 6日 (日)

喋るの苦手なんだよね

今朝の朝日新聞の「ひみつのHちゃん」で黒木瞳さんが、お喋りが苦手で自分の気持ちをリアルタイムでうまく伝えられないことが多い。思ったことは文章にしてきたそう。そうなんだ、お喋り上手な人は口から言葉にする訓練を積んできたんだ、、、


私もお喋りは苦手だ。これからもゆっくりと絵や文字で呟くことにしよう。

2016年10月26日 (水)

ひとよんで、、、

レノファな方々には「ボルダラーさん」とか、「ボルさん」と呼んでもらっている。Twitterネームが「レノ好ボルダラー」なので、そう呼んでもらっている。

本名は実に日本人的な名前なのだけど、この呼ばれ方を気に入っている。なんか楽しくなるのだ。完全にレノファモードになれて嬉しくなるのだな。名前は響きの良さを重んじたい。だから我が子の名前もそれを重視して決めた。

でも、ボルダリングをしなくなってしまうと、「ボルダラー」という呼び名は空虚なものになってしまう。

だから、トレーニングは欠かせない。これからも頑張るのだ💪歳なんかに負けてはいられないヨ!

2016年6月12日 (日)

ふたりの桃源郷

心揺さぶられた。このドキュメンタリー映画に。

山口県岩国市美和町の山奥。電気も水道もガスもない家で、慎ましく逞しく仲睦まじく老後生活を送ったご夫婦の物語。ハンサムなおじいちゃんと可愛いおばあちゃん。お互いのことを思い、労わりながら暮らす姿に深く感動した。自分もかくありたいと思った。

鑑賞後に制作元のKRY山口放送のスタッフである監督さんと司会のアナウンサーによる舞台挨拶があった。監督さんは感極まって涙ながらで。通信手段のないこのご夫婦には、いつもぶっつけ本番で取材されていたそう。足掛け25年間、今の監督さんは先輩から引き継いだ15年間取材をされたとのこと。いつも歓迎して貰って帰りは見えなくなるまで見送られて毎回涙を堪えていたと、、、そりゃあ、この素敵なご夫婦を取材すれば思い入れも強くなるだろう。

鑑賞後、パンフレットにサインをしていただきながら監督さんに「切なかったです。これからも頑張ってください」と、あまり気の利いていない感想しか言えなかった。

また、じっくりとパンフレットを読むことにしよう。


2015年10月18日 (日)

そういえば昔は公共交通が主役

今、レノファのホームゲームが行われる山口市の維新百年記念公園は、デーゲームだと、駐車場に限りがあるので、公共交通を利用した方が良い、と思って、列車やバスを利用して行く方法を提案している。

そのため、以前紹介したように、列車やバスの時刻表をHPにアップしているのだけど、時刻表を見ながら、ふと自分の幼い頃のことを想い出した。昔は車を持っている人が少なくて、公共交通機関が主役だったなと。

私が小学生の頃、もう50年近く前は家に車などなく、遠くへ出かける時は列車やバスが頼りだった。

年末などには父の赴任先であった玖珂郡本郷村(今では岩国市)から、父の故郷である阿武郡阿東町(今では山口市)に、親と一緒に帰省していた。

結構な長旅なのであるが、こんな感じだったと思う、、、

朝、本郷村をバスで出発、途中、河山鉱山のトロッコ(ケーブルカー?)が山腹を行き来して鉄鉱石(だったと思う)を運んで上下している風景を眺めつつ、美川町河山(今では岩国市)に出る。ここから国鉄岩日線(今では錦川清流鉄道)に乗って、山と川の景色を眺めながら岩国駅に出る。

岩国駅からは山陽本線、瀬戸内の海岸風景や周南コンビナートの工場群を見つつ、小郡駅(今では新山口駅)に着く。

ここからは山口線。蒸気機関車(D51)が牽引する客車に乗ってゴトゴトと、途中の峠越えのトンネルでは、開けている窓から機関車の煙が侵入するので慌てて窓を閉めたりする。単線の駅では列車交換があり、運転手がタブレットという輪っかを駅員さんに受け渡す。その頃の各駅には駅員さんが居てキップを売ったり、主要駅のホームでは駅弁売りが駅弁を売ったりしていた。

ようやくたどり着いた徳佐駅では跨線橋を渡るときに耳を塞いで歩く。蒸気機関車が出発時に足元で汽笛を鳴らすことになり、その大きな音に驚かされないようにするために。

バス待ちをするために駅前の親戚の家で、しばし過ごした後は、バスに揺られて島根県境に聳える「十種ケ峰(とくさがみね)」の麓にある父の故郷にたどり着くのは夕方。

山口県から一歩も出ないのに、随分と時間がかかっていた。今なら車で高速道路を経由して2時間足らずで到着する。子供だったので、随分退屈もしたけど、ワクワクするような旅ではあった。今の自分なら気に入りの本とビールと弁当を持ってゆったりと旅を楽しみたいと思う。今はわざわざ遠くから蒸気機関車を見に来るのだしなあ。

と、いうようなことを思い出しながら、時刻表を追っかけてHPに組み込んでいる今日この頃です。
たまには、列車やバスでのんびりと出かけてみませんか?

2015年8月12日 (水)

鳥取、その翌日

昨日のガイナーレ鳥取FC戦、我が第2回アウェイの洗礼は負け試合になってても仕方ないところをドローにして、「悔しくもホッとしつつも楽しかった」、という訳の解らん感想を残しつつホテルで朝を迎えた。

さて、ホテルの朝食指定はしていない。目的は「スナバカフェ」でのモーニング。チェックアウトして駅前に歩いて行く。

着いてみると目に入ったのは「待ち行列」。


たかが朝飯に並ぶ根気なし。眺めるだけにして、有名になったきっかけを作った相手先、「スタバ」に向かう。

駅の中にあるのかと思ったら、少し離れたところにドライブスルーを構えたお店。





こちらはゆったり、月曜日の出勤時間帯が終わった頃、こちらも観光客が多い感じ。

腹ごしらえを終えると、サッカー観戦の次に行きたかった所、「砂の美術館」を目指す。駅前バスターミナルで行き方を尋ね、ループ麒麟獅子という、循環バス(300円)に乗って砂丘前にある其処へ行く。

茶圓(ちゃえん)勝彦さん、ある日の日曜日の朝に、たまたまテレビのドキュメンタリーで見た砂像彫刻家の作品とその製作過程。砂と水で作る砂像、難しいと言われる人物像。そのクオリティの高さに、彼がプロデューサーとして多くの作家と共に作成した実物にお目にかかりたく、鳥取に行く時は必ず行くと決めていた。

実物を見て、感動した。圧倒的スケールで作品群が迫る。これで600円は安い。







堪能して、道路の対岸の砂丘入口へ。久々に訪れた広大な景色。地元の秋吉台を砂にした?ような、その風景に、ハイドレーションシステムを背負ってトレランをして見たいと思ったのは私だけであろうか。ただし真夏では死んでしまいそうなので、秋口にしたい所。





昨日といい、今日といい、鳥取、イイね。

しっかり堪能して、再度、循環バスに乗り鳥取駅へと向かう。

午後からの特急。昨日、車販も自販機も期待出来ないことを学習してたので駅コンビニでお弁当とビールと水を買い込んで乗車。

特急スーパーおきで山口直行。帰りもオーシャンビュー。途中山側にて大山も姿を見せてくれた。

2日間、充実の旅だった。そして、無事「レノファの里」矢原に帰着。

おらが街のレノファ山口FC、およびレノファサポーターを歓待してくれたガイナーレ鳥取FCに感謝して今回の素敵な旅を締めくくることにする。

2015年5月16日 (土)

癒しの休日風景

公園のサッカー場で地元プロチームの練習を見ながら明日のホームゲームの事を想う。

この田舎街が手に入れた嬉しくも癒される風景。

地元チームのレノファ山口とサポーターの頑張りで手に入れたJリーグ100年構想の恩恵。

山口にJリーグを目指すチームが結成されて10年目。決して平坦な道ではなかったものの手に入った幸せな風景。



この大切な環境を守って行くためにはスタジアムに足を運んで拍手声援で後押しをする事。これが我々に出来る事。楽しみながら出来る事。

ところで午後からはボルダリングジムに参戦。もうすぐ始めて4周年。今ひとつ上達のスピードは鈍いけれど、「継続は力」、少しずつでも進化を志向して楽しみながら、「優雅に枯れた技を持つおじんボルダラー」になりたい。と思いつつも今日もあまり進歩は見られなかったが、まあ良いか、、、



さて、明日のレノファは維新スタジアムで盛岡を迎える。明日も観戦を楽しもう!

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